感染症


感染症:IgGという抗体は母親から胎盤を通して胎児に移行することによって胎児を感染症から守る働きをしています。妊娠26週までに胎児のIgG濃度は母体と同等になります。母親が妊娠してはじめてかかる感染症の中には、胎児に強い異常を引き起こすものがいくつかあります。

A.ウイルス感染症

1.水痘帯状疱疹:妊娠中の初感染(水ぼうそう)は重症化しやすく肺炎から死亡に到る例もあります。妊娠中に帯状疱疹がでても非妊娠時と経過は変わらず先天奇形も起こりません。
#胎児に対する影響:妊娠13〜20週の初感染の場合2%の児に先天異常が起こります。また分娩の5日前から2日後までに母体に感染症状がでた場合は先天感染による新生児死亡が多いので児に水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫グロブリンを投与します。母体の抗水痘帯状疱疹ウイルス抗体が十分児に移行するだけの日数を経てから分娩になれば問題ありません。

2.インフルエンザ:妊娠中の感染は重症化しやすく、若い生殖可能年齢層の女性のインフルエンザによる死亡例の半数は妊婦さんです。児に対する影響は不明確ですが、神経管閉鎖不全や後年になって精神分裂病を発症する危険性が指摘されています。

3.おたふくかぜ:妊娠中の感染は母児双方に対しあまり問題になりません。

4.麻疹(はしか):妊娠中の感染により肺炎を起こすことがあります。妊娠初期の感染では流産率が増加するといわれていますが奇形のおそれはありません。

5.ヒトB19 パルボウイルス感染症:ヒトB19 パルボウイルスは小児のリンゴ病の原因ウイルスです。妊婦さん自身に対する影響はほとんどありません。妊娠の中期に妊婦さんが赤いほっぺたの子供からこのウイルスをうつされると、胎児に重大な影響が及びます。
#胎児に対する影響:流産や胎児死亡が起こります。特に妊娠中期の感染が問題で、胎児の全身が浮腫になる胎児水腫という病気が起こることがあります。胎児は妊娠中期には肝臓で血液を造っています。この肝臓での造血期に感染が起こると溶血と心筋障害が生じます。胎児水腫は軽症の場合自然に治ることもありますが胎児水腫自体が児にとって重い病気なので胎児輸血を行って積極的に治療します。

6.風疹:妊娠初期の感染による先天性風疹症候群の予防、早期発見が重要です。
#予防:本邦では中学3年生の女子に対する予防接種を行っていますが、予防接種を受けても風疹抗体ができていない方がいます。
#診断:特徴的な発疹や感冒様症状がない無症状の感染例の診断が重要です。通常、風疹に免疫がある妊婦さんの風疹HI抗体価は8〜64倍程度です。初感染の場合、HI抗体価は症状出現後2週間で512倍以上になります。初感染かどうかを確認するために風疹に特異的なIgMという抗体を測定します。風疹感染時のIgMは発症後7〜10日でピークをむかえ約4週間高値を持続します。
先天性風疹症候群:風疹の胎内感染により白内障や脳の異常、心奇形、難聴などが起こります。無症状の感染でも起こります。妊娠12週前の感染の場合8割に胎内感染が起こります。11週未満の胎内感染児は全て障害を受けます。妊娠15〜16週の感染で25%の胎内感染が起こりその内1/3の児に障害がでます。16週をこえると胎内感染しても問題ありません。

7.サイトメガロウイルス(CMV)感染症:先天感染の原因として多い(新生児の1〜2%がCMVを排出する)が母体は不顕性感染の場合が多い。
#かつて本邦妊婦の90%以上は抗CMV抗体を持っていたのでスクリーニング不要とされてきました。近年抗体保有者が低下傾向にあるので、妊婦さんに対し検査すべきだとする意見があります。CMV抗体保有者が少ない米国でも費用と治療効果の見地からスクリーニングは一般的ではありません。
#CMVは抗体保有者に再感染して児を感染させることがあります。幸い再感染例での児は軽症です。
#児に生じる異常:CMV感染児の10%に発育遅延、小頭症、脳内石灰化、脈絡網膜炎、肝脾腫、難聴等が起こります。その多くは妊娠前半の初感染例です。CMV感染と診断された場合は無症状でも生後難聴の有無に注意すべきです。

8.HTLV-I感染症: HTLV-I というウイルスは成人T細胞白血病(ATL)の原因と考えられています。
#HTLV-Iキャリア妊婦から母乳哺育により約40%の児が感染するとされています。
#キャリア診断:EIA、PA法でスクリーニングしImmunofluorescence(IF)法、Western blot法で確認します。
#妊婦がHTLV-Iキャリアの場合、人工乳哺育、凍結処理母乳での哺育が推奨されます。ATL発症にはいろいろな因子が関与するため、最近では母乳中止は不要であるという意見もあります。

 

B.細菌感染症

1.A群連鎖球菌感染症:この菌により、ごくまれにtoxic shock 様症候群という重症感染症をきたし母体死亡に到ることがあります。

2.B群連鎖球菌 (GBS)感染症:新生児の致死的な敗血症の原因として非常に有名です。早発型は生後6〜12時間以内に呼吸障害、ショックから死亡に到ります。GBSは20%の正常妊婦の腟、直腸内に常在している細菌ですが、新生児GBS敗血症の頻度は出生1,000人あたり1〜3人です。GBS感染症は早産、長時間経過した前期破水、母体発熱例に多いので、このような母体に対しては細菌培養と予防的抗生剤投与を行います。

3.リステリア感染症:まれな病気ですが、GBS感染症に似た新生児敗血症を起こします。

 

C. トキソプラズマ感染症:ネコの糞や生肉を介して経口摂取されたToxoplasma gondiiという寄生虫が胎盤を通して胎児に感染します。先天感染による児の症状はサイトメガロウイルス感染に似ています。母体は無症状のことがほとんどです。

#診断:正確な診断は少々困難です。妊娠中に抗トキソプラズマ抗体価が上昇する場合あるいは512倍以上の高値の場合はごく最近の感染あるいは感染中である可能性があります。トキソプラズマ特異IgMが上昇している場合は最近の感染の可能性がありますが、このIgMは数年にわたって高値を持続するので判断が困難です。
#妊娠以前の抗トキソプラズマ抗体陽性者は陰性者と比べて先天感染の危険が少ないとされています。
#妊娠中の感染時期が早いほど児に異常がでやすくなりますが、幸い妊娠初期の感染例は少なく初期感染例でもその10%のみに先天異常が生じます。
#治療:アセチルスピラマイシン投与

 


 

性感染症(性病)


A. 梅毒:全ての妊婦さんに対し、妊娠初期の梅毒血清反応の実施が法律的に義務付けられています。最近では妊娠前に抗生剤を投与される機会が多いこともあり、典型的な梅毒症状がない方がほとんどです。

1.原因菌Treponema pallidum(TP)の感染性:胎児が感染を受けるのは胎盤形成が完了する妊娠中期以降です。すなわち妊娠16週未満の胎児は感染しません。また新たな梅毒感染から胎児感染が起こるまでには6週間もかかります。早期梅毒(1期、2期)の感染性が強く、後期梅毒(1年以上経過)では弱くなります(実際には経過期間が不明なものが多い)。

2.診断:
a.梅毒血清反応
カルジオリピンを抗原とする検査(STS):鋭敏な検査で、感染後4〜6週で陽性になります。擬陽性の場合があります。
TPを抗原とする検査:TPHAやFTA-ABSという検査で、陽性なら確実に梅毒です。
TP特異的IgM:病期の判断や新生児の駆梅療法の必要性の判断に用います。

b.胎児感染の診断:先天感染は妊娠中期以降に起こり、妊娠34週以降の母体感染例は胎児感染前に出産になるので、先天梅毒児は子宮内胎児死亡となるか一見正常で数週間後に症状がでる場合が多くなります。先天梅毒の典型例は、早産児で肝脾腫のため非常に腹部が膨瘤し胎盤が灰白色で巨大化しています。

3.治療:諸外国ではペニシリンGの注射が主体です。本邦では真面目な国民性を反映して内服療法(アンピシリン)が主です。エリスロマイシンは胎児治療効果が乏しいので使用しません。

 

B.淋病

母体に対する影響:流産、早産、前期破水、産褥感染を起こすことがあります。
新生児に対する影響:かつては淋菌の産道感染による新生児膿漏眼が子供の失明の原因になっていました。最近では、生後すぐに予防的に抗生剤を点眼します。
淋病の方は、クラミジアにも同時に感染していることがよくあります。

 

C.クラミジア感染症:Chlamydia trachomatisという病原体による感染症で、若い女性に非常に多くみられるようになってきました。

妊娠に対する影響:妊娠中の検査によりみつかる無症状の例がほとんどです。クラミジア特異IgMが上昇している新しい感染例で早産や前期破水の危険が高まります。慢性感染では妊娠経過にあまり影響しません。
診断:まず子宮頚管の抗原検査をします。場合により、特異IgA、IgM検査を行います。
新生児感染:無治療の妊婦さんから生まれた新生児の1/3に淋菌性のものよりやや遅れて結膜炎が起こります。また10%に生後1〜2カ月に肺炎が起こります。
治療:エリスロマイシン投与

 

D.性器ヘルペス:1型単純ヘルペスウイルス(性器外に多い)や2型単純ヘルペスウイルス(性器に多い)に感染して起こる病気です。

1.初感染:初感染の場合、症状が強くでます。(小児期の1型ウイルス感染によって得られた抗体の交差反応により無症状のこともあります。)接触感染後数日して外陰のかゆみが始まり次第に非常に痛い多発性の浅い潰瘍ができます。2〜4週で自然に消失します。肉眼的にはっきりみえなくても、通常、子宮頚管にも感染しています。

2.再感染(再活性化):初感染に比べて軽度で、感染力があるウイルス排泄期間もわずか数日です。再発を繰り返す方は、無症状でも年に数回2日間のウイルス排泄があると考えます。再発例には頚管感染があまりありません。

3.診断:典型例ではみただけでわかります。ウイルス分離、潰瘍底の塗沫細胞診、特異抗体検査などの補助診断を行うこともあります。

4.治療:妊娠中はできるだけ対症療法のみを行います。初感染に対しアシクロビルの局所投与(再感染で無効)を行います。

5.新生児感染:分娩時の産道感染により新生児感染起こります。全身感染の場合の死亡率は60%以上もあり、生存しても半数以上が脳障害を残すため新生児感染予防が非常に重要です。

6.分娩管理:本邦では発症から1カ月以内の初感染および1週間以内の再発型は帝王切開すべきとされてきました。現在、米国、カナダ等では分娩時に視診上問題なければ経腟分娩の方針にしています。性器ヘルペスがある方が破水した時に内診すると新生児感染が起こります。こうした方は内診せずに早期に帝王切開とします。

 

E.HIV感染症(AIDS):母子感染が重要です。HIV の標的のCD4陽性細胞が正常妊娠でも低下するため、HIVキャリアが妊娠を契機に病像が進行する可能性があります。

1.診断:ELISAでHIV抗体をスクリーニングしWestern blotやIF法で確認します。

2.母子感染:母親から児への感染率は平均30%です。経胎盤、産道感染および母乳を介した感染があります。p24抗原高値例、CD4+ 細胞数が700/μl未満例の感染率が高く、また34週未満の早産や前期破水後4時間以上経過例の感染例が多くなります。

3.母子垂直感染の予防:妊娠14〜34週からジドブジンの内服を開始します。分娩中はジドブジンを持続静脈投与、児に対しては生後6週間内服投与を続けます。感染予防目的の帝王切開の効果は未だ不明です。母乳は禁止です。

 


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